鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

トップリーダーの責任の取り方~人としての資質を問われる人々~vol.69
2013/08/19
 2013年3月25日、大阪府の労働委員会は、大阪市の第三者調査チームが職員3万人余を対象に実施した「労働組合・政治活動の実態」を調べるアンケートについて、「大阪市による組合に対する支配介入に当る」と判断、大阪市の不当労働行為として認定した上で、「こうした調査を繰り返さないことを誓約する文書を、労働組合側に手渡すよう」命令した。橋下市長は同日、命令を受け入れる考えを述べた(末尾の資料を参照)。

 2011年11月の大阪市長選挙の際には、大阪市交通局の労働組合が、落選した平松前市長への支援を求めた職員リストを作成したとして、「維新の会」議員が議会で公表、リストの作成を否定する労働組合と、組織ぐるみ選挙と非難する「維新の会」との間で物議を醸した事件が起きている。このリストは極めて悪質で、1867人分の職員名が並び、「知人・友人紹介カード」の回収状況のチェック欄に、「非協力的な組合員は今後不利益となる」と記されているなど、明らかに労働組合に狙いを定めて非難する意図が明らかなものであった。結局、このリストは、常日頃から内部告発して、「維新の会」の組合問題の追及に協力していた人間(「維新の会」議員談)による捏造(ねつぞう)と判明、「維新の会」の議員は、捏造された文書をもって大阪市議会という公の場で、意図的に組合批判の材料にしていたという汚点を残してしまった。

 この事件に対し橋下市長(維新の会代表)は、3月26日に「捏造した職員の責任で、維新や市議には何の問題もない。」とコメントした(2012年3月27日付読売新聞朝刊)。

 このニュースを眼にした時、フッとある事件を思い出した。
【2006年(平成18年)2月16日、衆議院予算委員会で民主党の永田寿康議員が、ライブドア事件に関係して証券取引法違反で起訴されたライブドア元社長の堀江貴文被告が、2005年8月26日付の社内電子メールで、自らの衆議院選挙出馬に関して、「武部自民党幹事長の次男に対し、選挙コンサルタント費用として3000万円の振り込みを指示した」などと指摘した。疑惑の対象となった武部幹事長は、当日の記者会見で直ちにこの疑惑を否定した。
 結局、このメールは偽物と判明したため、当時民主党代表であった前原誠司氏は代表の辞任に追い込まれ(3月31日に表明)、永田議員も責任をとって4月に議員を辞職した。
 もともとこの偽メールを作成し持ち込んだのは、マスコミ関係者ならほとんどの人が知っている札付きのフリーライターとされ、その真贋(しんがん)を十分な調査もせず取り上げた議員と民主党の軽率さが招いたもので、金銭を受領したとして名前をあげられた相手の名誉を著しく傷つけた事件であった。
 その後、議員を辞職した永田議員は、翌2007年に離婚、2009年1月に自殺した。享年39歳】

 「維新の会」の議員が議会で労働組合非難の材料に使った捏造リストは、日頃から「維新の会」に内部告発の材料を提供していた職員(2011年5月に1年契約で採用された非常勤嘱託)が捏造したものという。

 国会の偽メール事件と、この「維新の会」の捏造文書事件は極めて類似している。両者とも、意図的に捏造されたメールや文書をもとに、政敵を非難・攻撃し、自らの功績、言い換えれば選挙民の評価を得ようと利用した点では全く同じなのである。

 しかし、決定的に違うのは、問題が発覚した後の処理の仕方である。経過はいろいろとたどったにしても、あるいは、かたや国政の場、かたや大阪府の場という違いがあったにしても(地方自治の重要性からも、地方だから別というのはあり得ない理由だが)、こうも違うものか、トップリーダーの覚悟の違いを見せつけられた。永田メール事件では代表の辞任にまで追い込まれ、当事者議員は議員を辞職した。しかし今回の「(事件は)捏造した職員の責任で、維新や市議には何の問題もない」という大阪市のトップリーダーで時代の寵児・橋下氏の発言と比較すれば、改めて民主党や前原氏の責任の取り方の潔さが目立つ。

 明治学院大学で政治心理学を教えている川上和久教授も、「維新の会議員には、様々な情報が集まっているはずだが、そうした情報は玉石混交。公の場で取り扱う際は、情報提供者の身元や動機などから真偽を慎重に見極める必要がある。維新側も早期に検証した上で、捏造が事実なら、謝罪すべきだ」と述べている。まったく同感であるが、もう一つ興味があるのはメディアの取り扱いである。橋下礼讃、維新の会ブームに火をつけてきたのもメディアであるから、支持をしている「維新の会」の非をどのように伝えていくのかに興味がわいたものである。今仮に民主党や自民党の党首が、政党内部の議員の過ちに対し、悪いのは材料を提供した者で、議員や政党に責任はないと述べたらメディアは黙ってはいないだろう。少なくとも、過去のメディアの報道姿勢から推測すれば、口をきわめて非難すると思うからである。しかし、自分たちメディアで作り上げたとはいえ、世間で圧倒的な人気を得ていた橋下氏や「維新の会」を非難する勇気があるのか、まるで腫れ物に触るかのように恐々(こわごわ)と事件を撫でるだけで終わってしまった。そんな状況を国民はどのように受け止めているのだろうか。戦争中の軍部と同じように、思いのままに何をしても許されるとして「暴走を始めた維新の会」をコントロールできるのは国民しかいないのだから、全国の労働組合が先頭に立って正義を主張していくしかないのかもしれない。

 もともと民主主義という制度はリーダーの意思決定をさまざまな角度からチェック(点検・分析)した上で、最も妥当な政策をつくりあげるものである。そのチェックを議論する場が議会なのである。政権党の独りよがりやリーダーの過ちを極小にするための知恵として編み出され、民主主義の根幹をなしている考え方である。だから、俗にいう衆参のねじれ現象は、政策のチェックという意味では好ましい姿ともいえるのである。しかし、チェック機能がうまく働けば好ましい姿だといっても、政党における民主主義の未熟さ(政策の中身の議論より、選挙に有利・不利になるのかどうかを判断基準にする限り)が、衆参ネジレ現象によって国会の混乱を招いてきた。決してネジレ国会そのものが悪いとばかりは言えないのである。民主主義という制度は、多様な意見がある中では手間と時間がかかるのである。企業運営も同じで、ワンマン社長が誤った決定をして問題を起こすケースは多々ある。その際に、周りの役員や労働組合が適切な助言や意見具申をしなかった場合、怠慢のそしりは免れない。リーダーは自分が考えている政策を実行したいから、議会も賛成する議員だけで運営できれば好ましいし、手間隙(てまひま)が省けてやりやすいが、そうなると日本が戦争中に体験した軍部独裁・大政翼賛会の二の舞で、誤った道を歩む可能性は高くなる。それを是正するのが民主主義なのである。「維新の会」のトップリーダーが大阪府や大阪市のトップとなり、そのトップを支える「維新の会」が議会の多数派になって、捏造した文書をもとに「反対する勢力を封殺」することが許されたら、行き着く先は、世界中に見られる独裁国家と本質的に変わらないことになる(日本国民は、軍部が独走して引き起こした第二次世界大戦を熱狂的に支持したことを忘れてはならない)。議会で多数派になった「維新の会」が、捏造資料をもとに労働組合を非難しても、メディアは腫れ物に触るように何も言わず、国民も暴走を黙認しているのが気になったのである。

「歴史を振り返ると、社会の不安感や不安定感が増したときに、全体主義のような過激な思想とか、怪しい宗教が出てきています。現在のように強いリーダーシップが求められたり、物事の黒白を性急に迫ったりする風潮も、その流れの中にあるでしょう。」(中央公論2012年5月号「だからわたくしは仏教に期待する」高村薫)。

もう一つの問題は、2008年3月6日の大阪府議会でかわされた野党の民主党府議との質疑応答である。【橋下氏は、過去にテレビで「日本は核武装すべし」と発言したことについて問われてこう答える。「(その発言は)私人としての立場での発言、府知事としての公人についた以上は一切、そのような主張をすることはありませんし、とることもできません」と答弁した。「立場の問題ではない。真意を聞いている」と切り返され、「私は大阪府知事で、24時間365日公人であり、私人としてのコメントは一切、申し上げません」と語気を強めた】とある。

 そして記憶も新しい2013年5月の「当時の状況では従軍慰安婦は必要だった」、「沖縄のアメリカ軍は性犯罪を抑えるために風俗店を活用した方がよい」という発言。その発言の「撤回」を受けた「維新の会」の松本幹事長は「他の政党みたいに問題があるたびに代表をくるくる変えないで選挙を戦っていく」と語る。一党の代表が国際的な非難を浴びる「女性の人権無視・蔑視」の発言をしても、「代表をくるくる変えない」という表現を使って居直る様は、人としての在り方を一顧だにしない組織であることを表してはいないだろうか。

 また、2013年6月、大阪市長の橋下氏は、沖縄のオスプレイを八尾市で受け入れたいと述べた。八尾市長が「唐突な発言」として同調しない旨を述べると、今度は、大阪府知事が説得のために八尾市を訪れる。

 常識があれば、一つに、他市の市長が「お前の市で受け入れろ」などということはあり得ない。二つには、八尾市の市長が賛同しないと、今度は地方自治体としては一段上の府知事が八尾市に赴く様は、「市長の使い走りとしての府知事」という構図になる。おそらく、「維新の会」の代表が市長で、部下の幹事長が府知事だから、「維新の会」という政党の中では、代表の発言を幹事長が支えただけという構図になるから、当たり前の行動なのだろう。しかし、オスプレイの受け入れは政党内の上下関係で律する話ではない。独立した地方自治体、言い換えれば地域住民の意思が最優先される課題なのである。それを、一政党内の序列で、知事が市長の使い走りをするのが正しいということになれば、この日本の統治機構はどうなってしまうのか、単に一政党の稚拙な行動といって、聞き流してすむ話ではないのである。

※参考資料  大阪市の不当労働行為事件の概要(日本経済新聞・読売新聞)
大阪府労働委員会は25日、大阪市が昨年2月に全職員を対象に実施した政治活動や組合活動に関するアンケートは不当労働行為に当たると認定した。市に「このような行為を繰り返さないようにする」との誓約文を組合側に手渡すよう命じた。アンケートは市の特別顧問(事件当時)の野村修也弁護士を中心とした市の第三社調査チームが2012年2月に実施。組合活動への参加の有無や、特定の政治家を応援する活動経験の有無など22項目を記名式で回答させた。合わせて橋下市長の署名入り文書で、「任意の調査でなく、市長の業務命令」「正確な回答がなされない場合に処分の対象となり得る」などと、職員に回答を求めた。
 府労委の命令書では、橋下市長の署名入り文書を重視し、「アンケートは市が主体となって行った」と認定し、「実施主体は第三者調査チームで、市は関与していない」と主張した市の主張を退けた。そのうえで、アンケートの内、「組合に加入しないことの不利益」を問う項目について、「組合活動を委縮させ、組合活動に介入する質問だった」などと違法性を認定。「アンケートの実施自体が組合活動に対する支配介入だった」と結論づけた。
アンケートを巡っては、市労連などが中止と回答の廃棄、謝罪を求めて救済を申し立て、府労委が昨年2月下旬、最終決定を出すまで調査を凍結するよう市に勧告した。これに先立ち、第三者調査チームは調査の凍結を発表し、同4月、野村弁護士が労組関係者の立会いのもと、未開封のまま回収した回答を廃棄していた。