鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

他者の犠牲で雇用を守ってきた正規社員~限定社員制度と解雇問題を考える5の2~ vol.71
2013/09/17
 前号(5の1)で触れた規制改革を推進する委員の【解雇規制を緩和した上、労働者派遣を完全自由化したら「どん底への競争」になる」との主張に対しては、「それで何が悪いのか。路頭に迷うのと、せめて派遣で働けるのと、どっちがいいのですか」】という暴論は、労働組合に新たな課題を突きつけている。

 第二次世界大戦の敗戦後、「奇跡の復興」と称された高度成長期から今日まで、労働組合はどのように組合員の雇用を守ってきたのだろうか。歴史をひも解けば一目瞭然で、組合員の雇用確保の道は非正規社員の犠牲の歴史でもあった。

 非正規社員制度は、古くからある「雇用期間を定めている労働者」としての臨時工制度に始まる(もっと古くは江戸時代の「口入れ屋」もあるが)。実際には日雇い、臨時工、季節労働者、期間社員、アルバイト、嘱託、パート社員、契約社員などさまざまである。さらに、臨時労働者でも、期間を定めていない者もいれば、契約を繰り返して比較的長期の雇用を予定している者もいる。日本のように長期的雇用を前提として「期間の定めのない労働者」(これを正規社員という)を多く雇用し、かつ、解雇権濫用法理が確立している中では、雇用調整がしやすい期間契約雇用は企業にとって非常に魅力のある雇用制度といえるのである。

 この「期間の定め」とは、契約期間が満了すれば契約が終了するということであり、企業にとって、1カ月、2カ月の契約であれば仕事が忙しいときの臨時的雇用ができ、加えて仕事がなくなれば契約期間の満了で契約を打ち切れる、雇用調整の手段に利用できる好都合な制度なのである(1998年~1999年の派遣村騒動の時に話題になった「日雇い派遣」は、1日単位で雇用する制度で、2011年末に法律で制限を加えたが、今、また旧制度に戻そうとする動きが始まっている)。

 かつて高度成長の初期、発展していく産業では契約期間が1カ月、2カ月程度の臨時工制度が導入され、2カ月おきに何回も契約が更新され実質的に長期勤続の者が多くいた。ひと口に言えば、企業の臨時的な需要にも利用できるし、一方では雇用調整の手段にも利用できたのである。

 経験からいえば、労働組合もまた、会社に仕事がなくなれば正規社員である組合員の雇用を守るために、臨時工やパートの雇用止めを主張することさえあった。見方を変えれば、組合員の雇用を守るために他者を犠牲にしてきたのである。このような方法ができたのも、経済の成長に伴って労働市場では再就職しやすい売り手市場が続き、新たな就職先を比較的容易に見つけることができた背景があったからでもある。

 労働市場は失業者が少ないという労働者に有利な状況であったので、この「期間の定めのある」雇用契約は、労働者の雇用の選択肢を多様化させる側面が評価されてきたが、労働市場が悪化している(就職しにくい)今日のような状況下では、社会の混乱を招く雇用形態との批判にさらされることになる。

 日本では期間の定めのある労働契約の締結それ自体を制限する法律はなく、「契約の自由」の範囲として考えられているが、フランスでは、期間雇用労働者を雇い入れるには明らかな臨時的必要性(たとえば、長期病休、産休、育休の労働者の存在)がなければならない。
日本で唯一規制しているのは雇用期間の長さの制限である。もともと日本では、戦前の年季と呼ばれる契約(年季奉公)が将来にわたって労働者を身分的に拘束する性格を持っていたため、労働基準法で期間の長さの上限を1年と制限してきたように、むしろ長期間の労働契約を禁止してきたのである。2003年(平成15年)の労働基準法改正で、原則的に上限を3年、特例について期間の上限を5年とした。この背景には、昔と違って長期間の契約をする弊害の恐れが減少したこと、機動的な事業運営のために専門的技能を有する者を一定期間確保する必要性が高まったこと、複数企業を移動しつつ専門的技能を発展させたいという労働者や、引退後も一定期間働きたいという高齢者が増加したことなどが挙げられている。

 しかし、短期の期間雇用は、短期間の労働需要のために利用されるばかりか、むしろ雇用調整が容易だから、契約更新することで継続的な労働需要のために多用されている。企業において使い勝手がいいという理由は、必要なら契約を更新し、不要なら雇用契約を解除(解雇)すればいいからである。労働者の雇用の安定を阻害する側面をもっている上に、労働条件の格差を生むことになる。労働市場が、雇用が安定し労働条件も恵まれている正規社員と、雇用が不安定で労働条件も低い非正規社員とに二極化されてしまったのである。

 日本は今まで、所得の不平等が少ない社会と見られてきたが、近年は国際的にも所得格差が指摘されるようになってしまった。OECD(経済協力開発機構)は、日本に対し再三にわたって労働市場の二極化について是正するよう求めている。そのうち所得の格差拡大の原因として、日本では正規社員の解雇が難しい点を挙げている。【「正規雇用への保護が手厚すぎる」がために、企業は非正規雇用への依存を強める結果となり、「所得の低い非正規雇用者の増大から、所得格差が拡大した。日本はもはや平等な国ではない」】(OECD2006、Chapter.4)と指摘した上で、同レポートは【「日本はOECD加盟国のなかで実質的には最も解雇規制がきびしい国の一つである」。「雇用の柔軟性を目的として企業が非正規労働者を雇用するインセンティブを削減するため、正規労働者の雇用保護を縮小せよ」】とまで記している。また、国内でも2009年度の『経済財政白書』で、【雇用保護規制の強い国ほど非正規雇用比率が高く、また平均失業期間が長い】と述べられている。OECDによると、日本では失業者の中で1年以上の失業者の割合が2008年に33%に達し、加盟国平均の26%を上回ってしまった。

 さらに【労働者の保護規制が労働移動を妨げ、生産性に負の影響をもたらす。調査結果によれば、全要素生産性が向上したいくつかの国では、雇用期間が短い傾向にある。理由ははっきりしないが、新しいビジネスチャンスをつかむのに、一定の流動性が必要なことは明らかである。この点で、一定の国々は雇用規制を見直す必要がある。しかしながら、そうした制度変更は、企業に従業員訓練をうながすような、安定した雇用環境を作る必要性を考慮に入れなければならない】(OECDの「Employment Outlook」)としている。

 おそらく政府と経営者団体は、この報告書と調査内容に応じて2007年以降、労働規制の改革に力を注ぐことになったと見てよい。OECDの報告書は、拘束力はないとは言うものの、日本の労働組合が気をつけなければならないことは、一つ目に、日本の雇用制度を世界各国がこのように見ていること、二つ目に、指摘されるような「所得格差の二極化」は、労働組合が手をこまねいていたことで生まれてしまったことである。非正規社員の犠牲の上で、組合員である正規社員の雇用と労働条件を守ってきたことが、OECDの指摘につながったともいえるのである。

 規制改革を推進する側の人々は、現状の問題点として、大企業と中小企業の労働者では労働者保護の程度にも格差があるという。解雇の有効・無効を争う裁判においてさえも、【「訴える金銭的・時間的余裕のない中小企業の労働者には、判例法による労働者保護の実効性はほとんどない」のに比し、大企業の労働組合には資金力があるから和解金一つとっても大きな格差が生まれる】という。
もちろん、もろ手を挙げて賛同できる意見ではないが、一面の真実でもあり、これを放置してきたことが「金銭での解雇」を主張する一部の人々に口実を与えてしまった側面は否定できない。極端な意見として【企業別に組織された日本の労働市場では、欧米のような労使間の階級対立よりも、企業内の正社員と企業外の非正社員、大企業と中小企業の労働者間の利害対立の方が、より深刻である。労働審議会は特定の団体間の利害調整の場でしかなく、そこに参加しない非正社員や中小企業の労働者の利益は無視されやすい。むしろ総理直轄の会議で、社会全体の観点から解雇ルールの基本的な方針を定め、それをもとに国会で十分な審議を行う必要がある】(日本経済研究センター 八代尚宏氏)というような偏見まがいの発言まで取りざたされるようになってしまった。(5の2了)