鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

分裂支配を狙う人々~限定社員制度と解雇問題を考える5の3~ vol.72
2013/09/17
 沙汰やみになった第一次安倍内閣の2007年の規制改革案は、①正規社員の解雇規制の緩和 ②最低賃金の引き上げ反対 ③派遣労働者の直接雇用義務と派遣禁止業務の廃止 ④長時間働きたい労働者の利益を損なう労働時間の上限規制の撤廃 ⑤ホワイトカラーエグゼンプション制度の導入 などを答申したが、安倍首相の退任で見送られた経緯を持つ。

 そして今回(2013年)提案される「地域限定社員」・「職種限定社員」制度は、非正規社員の人から見れば、「限定」であっても準正規社員として「正規社員扱い」に近づくので、今より良い制度と考えて歓迎する。一方、正規社員の労働者は、「準正規社員の新設が将来は自分たちも対象となり雇用を不安にさせる」と考えて反対する。こうして労働者の利害が二分され賛否が分かれる。非正規社員制度に手をこまねいてきた労働組合に対し、強烈なしっぺ返しが始まったのである。そして、懸命に長期雇用を守ろうとする良識ある経営者や労働組合関係者がいない「規制改革委員会」の答申をもとに、自民党の労働行政はさらに労働者に過酷な条件を強いていく。

 参議院比例区選挙において自民党が公認・擁立した「ワタミ」の経営者もこの例に漏れない。【事件は5年前の2008年6月に神奈川県の横須賀で起きた。外食チェーン店や介護事業などにも進出している一部上場企業のワタミの横須賀市の店舗で、26歳の女性社員が入社2カ月で飛び降り自殺した。
女性の働き方は、最長で連続7日間、深夜勤務を含む長時間労働があった。また、連日午前4時~6時までは調理業務などについていた。「休日」にも、彼女が休む暇はなかった。午前7時から早朝研修があったり、ボランティア活動やレポートの執筆まで義務付けられていた。入社した直後の5月中旬の時点で、すでに1カ月の時間外労働は140時間を上回っていたという。この頃には、既に彼女は抑鬱状態に陥っている。その後も過酷な勤務が和らぐことはなく、6月12日に、彼女は死へと追い詰められてしまう。彼女の死を労働災害と認定した神奈川労働局の審査官は、「残業が1カ月当たり100時間を超え、朝5時までの勤務が1週間続くなどしていた。休日や休憩時間も十分に取れる状況ではなかったうえ、不慣れな調理業務の担当となり、強い心理的負担を受けたことが主な原因となった」としている。

 この労災認定が報道された直後、ワタミ株式会社取締役会長(当時)の渡邉美樹氏は、ツイッターの「つぶやき」でこう発信している。
「労災認定の件、大変残念です。四年前のこと昨日のことのように覚えています。彼女の精神的、肉体的負担を仲間皆で減らそうとしていました。労務管理できていなかったとの認識は、ありません。ただ、彼女の死に対しては、限りなく残念に思っています。会社の存在目的の第一は、社員の幸せだからです。」
「バングラデシュの朝、五時半に、イスラムの祈りが、響き渡っています。たくさんのご指摘に、感謝します。どこまでも、誠実に、大切な社員が亡くなった事実と向き合っていきます。バングラデシュで学校をつくります。そのことは、亡くなった彼女も期待してくれていると信じています。」

 さらに、ワタミの広報グループは次のような声明を発表した。
「本日、一部報道におきまして当社グループが運営する店舗に勤務していた元社員につき労災と認定されたとの報道がありましたが、報道されている勤務状況について当社の認識と異なっておりますので、今回の決定は遺憾であります。」】(今野晴貴著「ブラック企業」)

 月に100時間から140時間も残業させられ労働災害と認定されても、なお「労務管理できていなかったとの認識はありません」と会長が堂々と述べ、「今回の決定は遺憾」と広報グループが声明を発表するような企業では、再発を防止することは難しいだろう。

【同社の求人の募集職種は「店長(候補)」「独立オーナー(候補)」の二つだけしか書かれていない。店長候補として過労に自らを駆り立てられる人間しか、この会社では必要とされない。そのようなモチベーション管理のもとで、こうした悲惨な事故が起きている。】(同書)。

こうした人々が、良識ある経営者を否定したうえで、安倍自民党の労働行政を進めていこうとしているのである。

 しかし、本稿5の2で触れているが、大企業と中小企業、正規社員と非正規社員などのように、一方の扱いに理不尽さがみられると、新しい仕組みが検討される際には、「現状よりも恵まれる層」と、「今までと変わらないか、劣ってしまう層」とに分かれる。前者は新しいシステムに賛成しがちになるし、後者は反対することになる。対象である労働者の意見が二分されてしまうのである。

 今回の「地域限定社員」も「職種限定社員」も、今まで非正規扱いで不安定であった人々は、「非正規社員よりは良い制度」と考える。一方の正規社員の人々は、現状の長期雇用が壊され「不安定な雇用システムになってしまう」と反対する。このように同じ労働者の中で「自分が置かれている制度の違い」によって、賛成、反対と意見が二分されると、労働界・労働者が「こぞって一致する方針」を示すことはできない。当然のように、影響力が二分された労働者の意見は軽視され、時には国会の多数をもって強引に新しいシステムが採用されるかもしれない。法案を成立させたい側にとっては「労働者の意見が二分されて影響力が小さくなる」のを歓迎する。社会学的に言う「分裂支配」だ。このような分裂支配に組み込まれないようにするのが大事なのだが、いかんせん、今まで非正規社員問題に手を付けずにきたのは正規社員で作る労働組合であった。その隙を自民党と一部の経営者・学者に突かれてしまった。組合運動の落ち度に対して強烈なしっぺ返しが始まったのである。

 安倍首相が実現に強い意欲を示している「限定正社員」制度とは、勤務地や仕事内容、労働時間が限定された形で働く準正規社員のことである。スーパーなど流通業に多くみられるように、「店舗や地域を限定」して働く形態を指している。これに対し、全国の店舗や支店への異動があるのが一般的な正規社員である。事務所や店舗を閉鎖する場合、一般の正規社員であれば、別の店舗への異動や出向といった「解雇を避けるための努力」が経営者には求められるが、限定正規社員の場合は「仕事がなくなれば雇用も終わり」にしてもいい制度なのである。従って、企業にとっては解雇しやすく、また、転勤も残業もないという理由で待遇を低く抑えて雇用できる。
「限定社員は一般の正規社員とは違う」のだから、「解雇しやすいように緩やかなルールをつくってもよい」と、企業側に有利な条件を主張する委員の意見を反映しているために、解雇が容易にできる制度と指摘されているのである。

 これに対し政府は次のような理由を挙げて制度の普及を促そうとしている。①限定正規社員は「1年契約」など期間を定めた有期雇用ではないため、安定した雇用といえる ②子育てを終えて再び仕事を始める女性や、介護などで地元を離れることができない人が働きやすい などである。

 一部識者からは、「流動的な労働市場と、労働市場からの退出を容易にするセーフティーネットがあれば、労働者に理不尽を強いるような、いわゆるブラック企業は市場淘汰されていくはずである」とか、「解雇規制が緩和されれば、会社はイジメやパワーハラスメントにより退職を強要する必要はなくなり、また転職市場が整備されれば、社員は嫌な会社にしがみつく必要が弱まるので、パワーハラスメントの問題状況も大きく変わっていく可能性がある」という意見も出されているが、ブラック企業が存在するのも、パワハラが起きるのも、「経営者が悪いのではなく、解雇規制が厳しいからだ」と言うに至っては、「国を治め」「民を救う」経済の本来の意義すら否定し、加えて、会社経営の使命やあり方を放棄した論理といわれても仕方がない。

 たしかに、労働者を雇用している企業の経営状態が悪化した時、やむを得ず整理解雇を行う場合も出てくるが、裁判におけるこれまでの判例では、正規社員の解雇は「整理解雇の4要件」が判断の基準となっている。その要件の一つ「解雇の回避努力の義務」には、非正規社員の削減と新規採用の停止をすることが求められている。このように非正規社員は整理解雇時には真っ先に解雇される不安定な立場に置かれているが、正規社員は解雇規制で保護されて比較的に安定しており、雇用の二極化という格差を作り出しているのが現状なのである。

 さてそれでは、これらの問題を解消できる方策はあるのだろうか。(5の3了)