鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

人は不思議な生きもの -vol. 4-
鈴木 勝利 顧問
2008/03/10
組合であれ会社であれ、およそ人が集まる集団や組織をまとめることは至難の技だ。考えても見てほしい。会社でいえば役職者に、組合であればリーダーになった際、なんとか役割を果たすために書店に行ってリーダー論の参考書を探す。それと思しき本が、あるわあるわ。近年では戦時中の軍人、第二次世界大戦時の山本五十六、日露戦争の東郷平八郎、遡れば明治維新、坂本竜馬や勝海舟、江戸時代にいけば徳川家康、豊臣秀吉、織田信長、さらに遡って楠正成、聖徳太子などなど。眼を外に向ければこれもまた数多くいる。時代を遡ると中国の孔子の論語に行き着く。

孔子は紀元前 500年頃の人だ。人工衛星が宇宙を飛び交う時代になってもなお、紀元前 500年頃に生きた孔子の教えを学ばなければならないとは。人が人をまとめることはそれだけ難しいということのようだ。大げさに言えば人類がこの地球に姿を現して以来、人をまとめるリーダーの悩みは尽きないということ、人間にとっては永遠の課題なのだ。

だから、リーダーになって他人を説得できず、上手くいかないからといって深刻に悩むことはない。できなくて当たり前なのだ。

しかし、リーダーになったら、それを承知で努力だけはしなければならない。去年よりも今年、昨日よりも今日というように、進歩だけはしていきたいものだ。


人をまとめることがなぜ難しいのかと考えつつも、人間がどういう生きものかが分かると意外に納得できる。職場の親睦会を例にとっても、「みんなの信頼が厚い○○さんが言うなら参加しよう」、反対に「普段から気が合わない○○さんが言うから行きたくない」というように、事の中身よりも人への評価で行動を決することがあることを、多くの人が経験している。

自分では正しいことを主張しているつもりなのに、他人はどうして分かってくれないのだろうかと悩んでしまう。時には、他人の主張のほうが正しいのではないかと思っても、それを素直に認めない自分がいる。他人の主張を認める自分に腹立たしかったり、言い出した面子があるから、おいそれとは引き下がれない嫌な自分がいたりもする。

芥川龍之介の随筆にこんな話がある。
子供のない女が、小さい子を持っている隣の母親と知りあいになる。そしてうらやましがりつつ大変かわいがっていたら、ある日その子が死んだ。
女は「気の毒だ、気の毒だ」と涙をこぼして夫に報告した。すると、夫は「お前、なんだか嬉しそうだね」といぶかる。女はびっくりして、「悲しいけれど嬉しいんです、そういう私は悪い女でしょうか、どうすることもできません」と涙ぐんだ。夫は何か人生の大きなものにぶつかったような気がして黙ってしまった。

なんと切ない話なのだろうか。かわいがっていた子が死んでしまった悲しみと、隣の奥さんも子供を亡くして自分と同じ境遇になったことをちょっと喜ぶ自分、喜ぶ自分に対する嫌悪感、なんと複雑で微妙な心理、これが人間なのか。

「零下二百十二度の冷却装置の中にわれわれの吐く息を吹き込むと、息が液化して滓(かす)ができます。その滓は精神状態が平静であればほとんど無色に近いが、感情の動揺によっていろいろの色が着くというのであります。(中略)人を憎んで殺害し、興奮の極にある人間の息を冷却装置の中に吹き込ませると、その滓は毒々しい栗色を帯びる。それをモルモットに注射すると、モルモットは極度に興奮して、場合によっては頓死したりする。そこからアメリカの科学者が極悪犯罪者の息の滓を調べたところ、現在薬局にあるいかなる毒薬よりも猛毒であったと報告されています。また非常に悲しんでいるときには灰白色、恐怖のときは青色、恥ずると桃色を呈するという」(安岡正篤著「人物を修める」)。

実に息でさえその時の感情によって色が変わるとは。なんとも表現のしようのないのが人間の心理なのか。心の襞(ひだ)ともいうべき解きほぐせない感情に揺れる人間、その人間集団が組織なのである。リーダーはそのなかで複雑で微妙な心理に揺れる人間をまとめていくのが務めなのである。

人の集団である企業や労働組合は、構成員である人間を大事にしてはじめて存在する。この不思議な人間の在り様を理解し、自ら信頼を得る人格に磨き上げることが、リーダーがリーダーたる所以なのである。

これがすべてではないが、「○○サンが言うから理解する、納得する」と言われるよう、人格的にも信頼されるリーダーを目指して私たちは今日も努力していかなければ・・・



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