今でこそフレックスタイムは当たり前になっているが、日本でこの制度が大々的に導入された時には、当時のマスコミはこぞって取り上げもてはやした。しかししばらくすると弊害が出始め、勢いは衰えていく。
日本は諸外国に比べ会社の欠勤率は低く、勤勉の証しでもあった。とくに就職一つとっても、まずは会社自身が勤務時間を定め、それに基づいて社員を採用する。朝八時から始業であれば八時から出勤することが義務付けられる。「自分は朝が弱い」から九時に出社する、というのは許されない。終業時間が午後五時ならばそれ以上早く帰ることは許されない。会社が決めた時間に出社し、会社が決めた時間に退社するのが義務なのだ。私たちはそれを当然のことと受け止め就職してきた。そういう意識を持つ時代環境だったのだ。
時代は変わり、人間一人ひとりの存在が重視される時代を迎えた。人は自立し、権利が保障され、お互いに認め合う時代になった。そこで誰彼といわず会社にあわせさせてきた始終業時間を、個々の従業員の存在を重視して個人の都合を反映させる考えが生まれてきた。そうした方が従業員のやる気を引き出せるに違いないとの考えからだ。個人が会社に合わせてきたものを、会社が個人に合わせる考えに変わったのだ。それがフレックスタイム制度だ。しかし、いくら会社が個人に合わせるといっても、会社の目的である事業をおろかにすることはできない。個人の都合が尊重され、かつ事業が損なわれないように、双方の整合性が図られなければならない。そのためにコア・タイムが設けられ、出退社時間を自由にすると同時に、会社に居なければならない時間を定めた。さらに労働時間の過不足は週単位とか、月単位で調整することにした。
ところがいざ実施してみると思いもしないことがおきてしまう。「明日はフレックスで○○時に出社」と届けておきながら時間になっても姿を見せず、○○時に来ることを前提に計画されていたすべての予定が狂ってしまう。個人の自由に名を借りて、責任を伴わない単にわがままな制度に変質してしまったのだ。
思いおこせば終戦直後の日本は同様の経験をしている。敗戦によってアメリカ軍の占領下におかれ、過去の軍国主義の復活を警戒したアメリカ軍により、財閥解体を始めいくつもの民主化が図られた。その中でも最大の民主化の証しは「全体主義」を脱して「自由」が保障されたことであった。個々人が権力や他人に強制されずに意見が言え、自らの意思で物事を決めていける「自由」という制度は何ごとにも変えがたい人間の尊厳でもある。自分の意志で決められるということは、結果についても自分で責任を負うということに他ならない。自由と責任はセットなのだ。ところが日本は、自由だけが保障され、同時に責任があることをセットでは考えなかった。だから、自由に考え、自由に発言し、自由に行動しても、その結果に責任を負わない奇妙な国民になってしまった。今日の社会問題として取り上げられる問題の多くはここに原因を見ることができる。「責任を伴わない自由」は「わがまま」なだけだ。
フレックスタイム制の導入でも同じ過ちを繰り返す。「明日○○時に出社」する以上、○○時には出社しなければならないのである。なぜならそれを前提に業務計画が立てられるからである。前夜に飲みすぎたから時間通りに出社できないということになれば、会社の事業は成り立たない。導入をめぐっての労使協議がこの点をおろそかにしてしまったゆえに、フレックスは個人的わがままの救済事業のようになってしまい、業務がうまく機能しなくなったために制度の廃止を決める企業が多く出てしまった。
こうして振り返ってみると、導入時にも、廃止するときにも、どちらかといえば労使担当者の判断が優先されており、該当者との話し合いがあったとはあまり聞かない。個人の意思が尊重される制度なのに、実施・廃止の判断に該当者の意思は必要とされていないのだ。これでは従業員(組合員)の自発性や、やる気が高まるとは思えない。「良い制度なのになぜ廃止するのか」を該当者同士で徹底して議論し、その問題点を理解した上で「どうするのか」を決めたとすれば、遅まきながら「責任ある自由な議論」ができたといえるのではないか。
一事が万事、組合運動にはこうした例が多い。それがリーダーの指導性?どこかが違うような気がする。強烈なリーダーシップは一人よがりと紙一重だ。リーダーシップを発揮しながら、絶えず自分に問いかけなければならない。組合員は「やらされる活動」と思ってはいないか、組合員「自らがやる活動」にするには・・・と。
日本は諸外国に比べ会社の欠勤率は低く、勤勉の証しでもあった。とくに就職一つとっても、まずは会社自身が勤務時間を定め、それに基づいて社員を採用する。朝八時から始業であれば八時から出勤することが義務付けられる。「自分は朝が弱い」から九時に出社する、というのは許されない。終業時間が午後五時ならばそれ以上早く帰ることは許されない。会社が決めた時間に出社し、会社が決めた時間に退社するのが義務なのだ。私たちはそれを当然のことと受け止め就職してきた。そういう意識を持つ時代環境だったのだ。
時代は変わり、人間一人ひとりの存在が重視される時代を迎えた。人は自立し、権利が保障され、お互いに認め合う時代になった。そこで誰彼といわず会社にあわせさせてきた始終業時間を、個々の従業員の存在を重視して個人の都合を反映させる考えが生まれてきた。そうした方が従業員のやる気を引き出せるに違いないとの考えからだ。個人が会社に合わせてきたものを、会社が個人に合わせる考えに変わったのだ。それがフレックスタイム制度だ。しかし、いくら会社が個人に合わせるといっても、会社の目的である事業をおろかにすることはできない。個人の都合が尊重され、かつ事業が損なわれないように、双方の整合性が図られなければならない。そのためにコア・タイムが設けられ、出退社時間を自由にすると同時に、会社に居なければならない時間を定めた。さらに労働時間の過不足は週単位とか、月単位で調整することにした。
ところがいざ実施してみると思いもしないことがおきてしまう。「明日はフレックスで○○時に出社」と届けておきながら時間になっても姿を見せず、○○時に来ることを前提に計画されていたすべての予定が狂ってしまう。個人の自由に名を借りて、責任を伴わない単にわがままな制度に変質してしまったのだ。
思いおこせば終戦直後の日本は同様の経験をしている。敗戦によってアメリカ軍の占領下におかれ、過去の軍国主義の復活を警戒したアメリカ軍により、財閥解体を始めいくつもの民主化が図られた。その中でも最大の民主化の証しは「全体主義」を脱して「自由」が保障されたことであった。個々人が権力や他人に強制されずに意見が言え、自らの意思で物事を決めていける「自由」という制度は何ごとにも変えがたい人間の尊厳でもある。自分の意志で決められるということは、結果についても自分で責任を負うということに他ならない。自由と責任はセットなのだ。ところが日本は、自由だけが保障され、同時に責任があることをセットでは考えなかった。だから、自由に考え、自由に発言し、自由に行動しても、その結果に責任を負わない奇妙な国民になってしまった。今日の社会問題として取り上げられる問題の多くはここに原因を見ることができる。「責任を伴わない自由」は「わがまま」なだけだ。
フレックスタイム制の導入でも同じ過ちを繰り返す。「明日○○時に出社」する以上、○○時には出社しなければならないのである。なぜならそれを前提に業務計画が立てられるからである。前夜に飲みすぎたから時間通りに出社できないということになれば、会社の事業は成り立たない。導入をめぐっての労使協議がこの点をおろそかにしてしまったゆえに、フレックスは個人的わがままの救済事業のようになってしまい、業務がうまく機能しなくなったために制度の廃止を決める企業が多く出てしまった。
こうして振り返ってみると、導入時にも、廃止するときにも、どちらかといえば労使担当者の判断が優先されており、該当者との話し合いがあったとはあまり聞かない。個人の意思が尊重される制度なのに、実施・廃止の判断に該当者の意思は必要とされていないのだ。これでは従業員(組合員)の自発性や、やる気が高まるとは思えない。「良い制度なのになぜ廃止するのか」を該当者同士で徹底して議論し、その問題点を理解した上で「どうするのか」を決めたとすれば、遅まきながら「責任ある自由な議論」ができたといえるのではないか。
一事が万事、組合運動にはこうした例が多い。それがリーダーの指導性?どこかが違うような気がする。強烈なリーダーシップは一人よがりと紙一重だ。リーダーシップを発揮しながら、絶えず自分に問いかけなければならない。組合員は「やらされる活動」と思ってはいないか、組合員「自らがやる活動」にするには・・・と。



