鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

「日本社会に根づいている男女差別」~来年よりは今年から 明日よりも今日から~ vol.84
2014/07/15
 メールと原稿書きにしか使えず、情報弱者の一員を任じているが、それでもパソコンは実に便利なものと感心している。
 日本人でありながら浅学の身を恥じつつも、便利なパソコンによって難しい漢字を知ることが多い。
 漢字の中に「女偏」がいくつあるのか、2014年6月におきた東京都議会での男女差別のヤジを聞いて、ふと興味がわいてパソコンを開いて見ると、実に多いことにびっくりする。実に240を超えるのだ。そして、他の漢字を詳細に調べたわけではないが、この「女偏」の漢字の多くは読む人に好ましくない感情を与えるものが多い。

 漢字はもともと中国の絵文字の発明からつくり上げられて来た象形文字を基本とした表意文字である。数百の象形文字に、記号を加えたり、文字同士を組み合わせたりして、別の意味を表すために長い時間と歴史を経て造り上げられて来たとされる。
 漢字は、漢字そのものに意味を持っている表意文字だから、漢字を見た時にそれぞれ感情を読み手に与えることになる。「良い印象」を与える漢字なのか、
「悪い印象」を与える漢字なのか、である。そこで「女偏」の漢字を拾い出してみよう。240はとても羅列できないが、特徴的な傾向を次のように分けてみた。

 ■好印象の字は

 妁「媒酌人」 如「如何」 妃・妍「妍治」ケンジ・美しい 妙「妙手」 妤「ヨ」美しいこと・穏やか 姉・尊敬語、娟「ケン」「娟娟」ケンケン・麗しい 娯「ゴ」楽しみ、婀「ア」女子の姿が美しい様 婉「エン、オン」「婉曲・遠まわしに言う」 媛「才媛」、嫣「エン」美しい、嫩「嫩草」ドンソウ・若い草 嬉「嬉々とする」 嬋「セン、ゼン」・見目美しい女の姿

 ■悪印象、または男性上位の字としては

 奴「奴隷」 奸「奸策」かんさく・悪だくみ 妄「妄想」 妓「妓女」・遊女妖「妖怪」 姑・しゅうとめ(古い女)「姑息」 姐「シ、シャ、セ」・旅館や料理屋の女中 妬「嫉妬」 姨「イ」・花嫁に付き添い後に妾になるもの 姦「カン」・姦淫 姦(かしま)しい 姥「ウバ」・年をとった女性 妹「男子が女子を親しみ呼ぶ名」 好「女の子」だから好き 姚「ウ、チョウ」遥かの意だが「姚」が転音して「軽佻浮薄」 娥「ガ」「美しい」の意だが「女」の「我」だから 娘「良い女」だから? 娜「ダ、ナ」女がなよなよして美しい様 婬「淫」と同じ 婚「結婚は夕暮れ(黄昏)に行われた」 娵「シュ、ソウ」「息子の妻のことだは」息子が女を取る娼「娼婦」 婢「奴婢」 婦「女と箒の合字」 媼「オウナ」「年をとったおばあさん」は温かい 嫁「女」が家に入る 嫌「嫌悪」 嫋「嫋々」ジョウジョウ・声が細く長く続いて絶えない様・「女」の「弱さ」 嫂「ソウ」尊敬する兄の嫁 媽「マ、ボ」「女」の「馬」でハハ・ババ・老母 嫖「嫖客」・花柳界で遊ぶ男の客 嬌「嬌嬬「ジュ、ニュ」妻のことだが「女」の「需要」?嬪「ヒン、ピン」女子の美称だが夫に従うの意もある 嬶「カカア」俗語 嬾「ラン」怠る 孅「セン」弱い・か弱い・へつらう 孀「ソウ、ショウ」後家のこと・霜のように寒い? 嬲「なぶる」などだ。

 以上のことから言えることは、日本社会は何気ない日常生活の中で使われる漢字を通して、男性優位、女性蔑視の思想が根づいているとは言えないだろうか。

 さらに、西郷隆盛が座右の書としたので有名な、佐藤一斎(江戸後期の儒学者)の修養書である『言志録』にも、【婦徳(ふとく)は一個の貞字(ていじ)、婦道(ふどう)は一個の順字(じゅんじ)】という言葉がある。
 訳すと、【婦人の徳操(とくそう)は、正しく夫を守って行く貞の字にある(貞操のない婦人は女として価値がないという意味)。また夫人の世に処して行く道は従順の順の一字にある(従順でない者は婦人の道に背くものであるという意味)】となる。

 またこれも有名な儒教には「三従の教え」もある。【嫁ぐ前は父に従い、結婚したら夫に従い、夫が死んだら子に従え】と、女性は一生、人に従って生きよと説いている。この「三従の教え」は戦前まで社会の常識とされてきた。

 日本社会には、これほどまでに女性差別の思想が入り込んでいるのだが、驚いたことに、最も古い『古事記』にも同様の思想が著されている。
 
 今の日本が造られた国家の根本、そして天皇制の基本を著した『古事記』も、女性差別の思想が潜んでいるのである。記紀神話のうち『古事記』が完成したのは、712年(和銅5年)正月のこと、また『日本書紀』が最後的に出来上がったのは、720年(養老4年)5月のことである。記紀神話を考える際に問題になるのは、その最終的仕上げが7世紀後半から8世紀のはじめという新しさだけではない。その成り立ちにすでに問題があったと言われる。『古事記』がその序文で明確に書いているように、「邦家(ほうか)の経緯」つまり国家の根本、「王化(おうか)の鴻基(こうき)」すなわち天皇徳化の基本を明らかにすることを目的としている、とされている(『日本の神話』上田正昭著)。

 この『古事記』の冒頭は、神々の誕生と国造りの話である。「その時、天と地がいまだ分かれず、まじり合っている状態が無限に広がっていていた。やがて天と地が分かれた時、天のとても高いところ、高天原(たかまのはら)と呼ばれる天上界に、次々と神が立ち現れる」(同上書)。それらの神を、神代七代(かみよななよ)といい、その最後の神が男性神・イザナキノ神(伊邪那岐神)、女性神・イザナミノ神(伊邪那美神)である。

 ある日のこと、最初に立ち現れた三人の天つ神(あまつかみ)たちが話合って、イザナキノ神とイザナミノ神に「地上はいまだ水に浮かぶ脂のように浮遊しているばかり。よって地上を固め、整えよ」と命じた。
 そこで二人は地上を整えるために夫婦で交わり、島を産もうとする。神聖な柱の周りをめいめいが右と左から回り、出会ったところで声を掛け合いそれから寝所に入ることにした(この柱の周りを回る儀式は、作物の出来がいいことを願う呪術的儀礼に由来すると言われる)。
 ぐるりと回り二人が出会ったとき、最初は女性神の方から声をかけて寝所に入って行った。こうして生まれた子供は骨のない蛭のような水蛭子(ひるこ)だったため葦の舟に乗せて海に流し捨てた。次の子も同様であった。
 困った二人は高天原に戻り天つ神の意見を聞くと、「女から先にものを言ったのがよくない」と言われる。そこで今度は同じように柱を回った後、男性神の方から先に声をかけて寝所に入った結果、今度は立派な島々を産むことができた。まず淡路島、次に四国、次に隠岐島、筑紫島(=九州)、次に壱岐島、次に対馬、次に佐渡島、そして最後に大倭豊秋津島(おおやまととよあきつしま=本州)、数えて八つ、このため日本の国を大八島(おおやしま=八州)と呼ぶことになった。この後もいくつかの島を産むが、はっきりしていることは女性から先に声をかけたために国造りが進まなかったということである(「眠れないほど面白い『古事記』」由良弥生著)。ここでは「男女差別」の思想によって日本国が誕生したとしているのである。

 『古事記』という日本で最も古い神話から、中国から伝来して日本の生活習慣にとりいれられた「儒教」の思想、そして、日常生活で使う「漢字文化」の中にも差別思想がしみ込んでいるのである。

 2014年6月に東京都議会で男女差別のセクハラヤジが問題になったが、それは、単なる失言の域にとどまるものではなく、その根底には日本社会に根付く男女差別の思想があるのである。さらに言えば、安倍内閣が掲げる「成長戦略の一環」としての「女性重視」も、本質的なこの性差別意識の視点が欠落している。だから、経済発展のために女性を大事にしろということになってしまい、社会における男女差別を問う政策にはならないのである。

 2013年6月25日付、「語り継ぐもの・参院選特別寄稿3の2」でも指摘したように、維新の会の橋本・共同代表の「性のはけ口として女性が必要」という発言も、日本社会に潜在する「女性の人権無視、蔑視」という根本的な思想に裏付けられているものであって、「不適切」「説明不足」などという軽々しい表現上の問題ではないのである。

 社会改革の第一線に立つ労働組合のリーダーは、自分自身の心の中を点検した上で、このように根の深い性差別を根絶する運動を進めていかなければならない。