よく言われるのだが、国際化とは単に言葉が話せるというだけではなく、自分の国の歴史や文化について造詣をもち相手に話ができなければならないということである。そして職業についても国によって評価が違う。ヨーロッパはどちらかというと歴史や文化を重視するので学者や文化人、芸術家が評価されるのに対し、アメリカは経営者が評価される。どちらにしろ、遠慮がちに自説を述べないので、主体性がないといわれる日本人は敬遠されがちのようだ。
歴史、文化、哲学など、どちらかといえば思想に属する分野は井戸端会議のテーマになりにくいのでどうも一般化しない。それでも最近は時代物のテレビドラマも多く、また時代小説もブームになっているが、他国の人との話題に使えるほど歴史にまで詳しくなったとはいえない。
思想とはモノを判断する重要な尺度になり、人生観や宗教観、仕事観、あるいは生活規範と日常生活すべてにかかわってくるので、多くの人が生活の「縁(よすが)」として考え方を確立している。こうした自分の精神的主柱ともいうべき「よすが」は、よほどしっかりしていないと環境変化に振り回されてしまうことが多い。時として今までの「よすが」が完全に否定されたり、修正を余儀なくされることさえある。
少し前の話になるが、松本健一・高崎通浩『犯罪の同時代史』平凡社 1986で日本近代史の中で宗教ブームは四回を数えるという。第一回目は、幕末から明治維新の時期である。士農工商の江戸時代から近代国家に代わる激動期で、人々の不安が昂じる時期だ。武士にとって昨日までは切り捨てご免で頂点に立っていた身分から、朝起きたら皆平等だという。昨日までの人生観(「よすが」)が百パーセント否定されてしまう。農工商だって同じだ。どうしたらいいのか、毎日を不安な気持ちで送らざるを得ない。そんな民衆の不安に精神的拠り所を提供するのが宗教なのである。第一回目では天理教、黒住教、金光教などが生まれた。
第二回目は、日露戦争期から大正半ばごろまでで、富国強兵策、資本主義の勃興期にあたる。一回目が政治的地殻変動によっておきたとすれば、二回目は経済的地殻変動といえる。農村の余剰人口が大量に都市部に吸い込まれる。都市で就職先を見つける不安な大衆の心に、宗教が、これも拠り所を提供する。大本教は急速に勢力を伸ばし、武者小路実篤の「新しい村」、浅野和三郎の「心霊研究所」などが続々と生まれる。
第三回目は、第二次世界大戦時から敗戦後の時期で、一回目と同じ政治的変革期にあたる。軍部による全体主義、家庭では家父長制度による生活は一変し、民主主義、法の下の平等社会が生まれるのだが、社会が安定するまでにはしばらく混乱が続いた。敗戦によって世の中がどのように変わっていくのか、その不安にこれも宗教が精神的拠り所を提供する。新しく誕生した宗教は霊友会、世界救世教、PL教団、生長の家、立正佼成会などで、昭和初期に誕生していた創価学会は、この時期に急速に勢力を伸ばした。
第四回目は、高度成長期から今日まで、かつての日本社会の伝統の多くが崩壊、たとえば、ムラ社会の崩壊、核家族の進行、道徳・倫理の崩壊などによって、「空間的(故郷)にも時間的(伝統)にも″根なし草?」(著者)になった大衆から支持される宗教が生まれる。背景には経済的変動と社会的変動があった。俗にいう新興宗教のブームの時期である。これが現在も続いているほど長い。特徴は、それまでの宗教が規模の大きさを誇り会社的組織を通じて利益を上げるのに対して、第四回目のブームは小さな宗教、「小さな神」「神々のラッシュ・アワー」といわれる。イエスの方舟(婦女子の家出問題)、エホバの証人(輸血拒否事件)もこのブームのさなかに起きた。オウム真理教もある。一般的に宗教が生まれるときには、必ず個々の人間は国家社会に所属するものではなく、その生命は神の手に所有され、本来的に「神の国」に所属することになるから、社会の法律や規範よりも神の教えが優先する。だから時の政治権力とは相容れないし、また社会からも隔絶した存在にならざるを得ない。最高権力者にとっては、自分の指示に従わずに神に従うことは許せないことになる(江戸時代のキリシタン禁止が好例)。しかし最高権力者という一人から見るだけではなく、これを統治された社会から見ても同じことが言える。社会の存在よりも集団が信じる神に従うということになれば、時には事件や犯罪を起こすであろうし、社会においては異端児にならざるを得ない。
およそ民主主義が発達し、人権意識が確立され、一人ひとりの人間の存在が認められる時代になっているにもかかわらず、社会のことが何も分からない生まれたばかりの子どもを、親の宗教に洗礼や入信させるのは人権無視もはなはだしいのだが、キリスト教もイスラム教(イスラム信者の親に生まれた子どもは自動的にイスラム信者になる規範)も、世界中に信者をたくさん抱えている。
宗教が神を唯一絶対の存在とする限り、神が政治に口を出すことは戒めなければならない。民主主義の知恵が「政教分離」を原則にするのは当然のことなのである。
また、かつての宗教戦争を例に出すまでもなく、思想としての宗教は信じるがゆえに、冷静な批判をも封じる頑なさを持つ。自らが信じる宗教にとって、他の宗教は邪宗となる。邪宗は許しがたい存在となり、世のため、人のためにならないのだ。改宗させようとしても頑なに拒まれると、邪宗の存在は社会の罪悪なのだからこの世から抹殺するのが社会のためになると考える。他人の思想を否定するために、思想が宿る肉体を抹殺してもよいと考えるのだ。かくして人殺しも許され宗教戦争は皆殺し戦争の性格を持つことになる。
人の批判にさらし点検する努力を怠った思想は、早晩社会から消し去らされるのだが、いつの時代にも、それでも信じ続けることでしか自分の存在を自覚できない人は残ってしまう。
人の批判を受け入れる許容さをもち、人の批判に耐えうる信念をもつリーダーを目指して、今日も研鑽、明日も研鑽の日々である。
歴史、文化、哲学など、どちらかといえば思想に属する分野は井戸端会議のテーマになりにくいのでどうも一般化しない。それでも最近は時代物のテレビドラマも多く、また時代小説もブームになっているが、他国の人との話題に使えるほど歴史にまで詳しくなったとはいえない。
思想とはモノを判断する重要な尺度になり、人生観や宗教観、仕事観、あるいは生活規範と日常生活すべてにかかわってくるので、多くの人が生活の「縁(よすが)」として考え方を確立している。こうした自分の精神的主柱ともいうべき「よすが」は、よほどしっかりしていないと環境変化に振り回されてしまうことが多い。時として今までの「よすが」が完全に否定されたり、修正を余儀なくされることさえある。
少し前の話になるが、松本健一・高崎通浩『犯罪の同時代史』平凡社 1986で日本近代史の中で宗教ブームは四回を数えるという。第一回目は、幕末から明治維新の時期である。士農工商の江戸時代から近代国家に代わる激動期で、人々の不安が昂じる時期だ。武士にとって昨日までは切り捨てご免で頂点に立っていた身分から、朝起きたら皆平等だという。昨日までの人生観(「よすが」)が百パーセント否定されてしまう。農工商だって同じだ。どうしたらいいのか、毎日を不安な気持ちで送らざるを得ない。そんな民衆の不安に精神的拠り所を提供するのが宗教なのである。第一回目では天理教、黒住教、金光教などが生まれた。
第二回目は、日露戦争期から大正半ばごろまでで、富国強兵策、資本主義の勃興期にあたる。一回目が政治的地殻変動によっておきたとすれば、二回目は経済的地殻変動といえる。農村の余剰人口が大量に都市部に吸い込まれる。都市で就職先を見つける不安な大衆の心に、宗教が、これも拠り所を提供する。大本教は急速に勢力を伸ばし、武者小路実篤の「新しい村」、浅野和三郎の「心霊研究所」などが続々と生まれる。
第三回目は、第二次世界大戦時から敗戦後の時期で、一回目と同じ政治的変革期にあたる。軍部による全体主義、家庭では家父長制度による生活は一変し、民主主義、法の下の平等社会が生まれるのだが、社会が安定するまでにはしばらく混乱が続いた。敗戦によって世の中がどのように変わっていくのか、その不安にこれも宗教が精神的拠り所を提供する。新しく誕生した宗教は霊友会、世界救世教、PL教団、生長の家、立正佼成会などで、昭和初期に誕生していた創価学会は、この時期に急速に勢力を伸ばした。
第四回目は、高度成長期から今日まで、かつての日本社会の伝統の多くが崩壊、たとえば、ムラ社会の崩壊、核家族の進行、道徳・倫理の崩壊などによって、「空間的(故郷)にも時間的(伝統)にも″根なし草?」(著者)になった大衆から支持される宗教が生まれる。背景には経済的変動と社会的変動があった。俗にいう新興宗教のブームの時期である。これが現在も続いているほど長い。特徴は、それまでの宗教が規模の大きさを誇り会社的組織を通じて利益を上げるのに対して、第四回目のブームは小さな宗教、「小さな神」「神々のラッシュ・アワー」といわれる。イエスの方舟(婦女子の家出問題)、エホバの証人(輸血拒否事件)もこのブームのさなかに起きた。オウム真理教もある。一般的に宗教が生まれるときには、必ず個々の人間は国家社会に所属するものではなく、その生命は神の手に所有され、本来的に「神の国」に所属することになるから、社会の法律や規範よりも神の教えが優先する。だから時の政治権力とは相容れないし、また社会からも隔絶した存在にならざるを得ない。最高権力者にとっては、自分の指示に従わずに神に従うことは許せないことになる(江戸時代のキリシタン禁止が好例)。しかし最高権力者という一人から見るだけではなく、これを統治された社会から見ても同じことが言える。社会の存在よりも集団が信じる神に従うということになれば、時には事件や犯罪を起こすであろうし、社会においては異端児にならざるを得ない。
およそ民主主義が発達し、人権意識が確立され、一人ひとりの人間の存在が認められる時代になっているにもかかわらず、社会のことが何も分からない生まれたばかりの子どもを、親の宗教に洗礼や入信させるのは人権無視もはなはだしいのだが、キリスト教もイスラム教(イスラム信者の親に生まれた子どもは自動的にイスラム信者になる規範)も、世界中に信者をたくさん抱えている。
宗教が神を唯一絶対の存在とする限り、神が政治に口を出すことは戒めなければならない。民主主義の知恵が「政教分離」を原則にするのは当然のことなのである。
また、かつての宗教戦争を例に出すまでもなく、思想としての宗教は信じるがゆえに、冷静な批判をも封じる頑なさを持つ。自らが信じる宗教にとって、他の宗教は邪宗となる。邪宗は許しがたい存在となり、世のため、人のためにならないのだ。改宗させようとしても頑なに拒まれると、邪宗の存在は社会の罪悪なのだからこの世から抹殺するのが社会のためになると考える。他人の思想を否定するために、思想が宿る肉体を抹殺してもよいと考えるのだ。かくして人殺しも許され宗教戦争は皆殺し戦争の性格を持つことになる。
人の批判にさらし点検する努力を怠った思想は、早晩社会から消し去らされるのだが、いつの時代にも、それでも信じ続けることでしか自分の存在を自覚できない人は残ってしまう。
人の批判を受け入れる許容さをもち、人の批判に耐えうる信念をもつリーダーを目指して、今日も研鑽、明日も研鑽の日々である。



