鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

「企業内組合の弱点を克服へ」 ~過労死、企業不祥事、外国人労働者問題~
2018/07/21

日本が企業別労働組合になったのには理由がある。もともと労働組合の組織形態は、「労働市場の形態」によってきまるといわれる。どういうことかというと、たとえば、イギリスでは昔からギルドといわれる同一職種の集まりがあった。靴屋の家は代々靴屋を継いでいく。産業革命によって労働者が増えることで、同じ職種の労働者が集まって話し合い活動をすることになるので、労働市場は職種別に形成される。したがって、組織される労働組合は職種(職能)別の労働組合になる。
日本はどうか。日本の労働市場は昔から徒弟制度が主流であったのはよく承知のとおりである。入店してから衣・職・住完備の中で「薮入り」以外の休日もとれず、ひたすら主人や親方の下で働き時期が来れば「暖簾わけ」で独立を果たしていく。まったく「縦型」の労働市場なのである。今も昔も年功序列型処遇なのだ。「労働市場が縦型」だから組合の組織形態の縦型、すなわち企業別組合になる。

これとは別に、日本ではさらに特別の事情が作用する。

第二次世界大戦で敗戦を迎えた日本は、しばらくアメリカ軍の支配下に置かれることになるが、アメリカ占領軍は「無謀な戦争を引き起こした日本が、それまでの全体主義国家から民主主義国家へ生まれ変わる」よう、さまざまな社会制度改革の指示命令を日本政府へ求めた。
そのひとつに、10月9日に誕生した幣原(ひではら)内閣に対し、占領軍司令官マッカーサが示した五大改革指令というものがある。この指令は、日本の民主化を進めるために、①婦人参政権の付与、②労働組合の奨励、③教育の自由主義化【教育の機会均等、男女共学。学校教育法の制定―六・三・三・四制の発足、義務教育9年、教科書検定制度の導入。教育委員会法の制定。教育勅語の失効】、④秘密警察制度の廃止、⑤経済の民主化【1.軍国主義基盤の解体 2.財閥の解体、農地改革―寄生地主制・不在地主の解体。3.労働改革(労働組合法の制定―団結権・団体交渉権・争議権を保障】の五項目にわたっている。

この中で、日本の民主主義のために労働組合の結成が奨励されるのだが、戦争中は労働組合を認めてこなかった政府は、対応に苦慮するが、「戦争の遂行のために企業ごとに結成するよう指導してきた組織・産業報国会」があったので、これを労働組合に衣替えするように指導した。企業ごとに出来ていた「産業報国会」を労働組合に組織替えすれば、当然のように企業別労働組合になる。
このように、日本は欧米の「職種別組合」や「産業別組合」と違って、「企業別組合」になったのである。
企業別組合には長所と短所がある。長所は、労使による企業情報の共有化が進み、生産性向上にプラス効果をもたらす。短所は、経営施策の共有化によって「わが社」意識が強くなり、同時に労使が共通した利害で結び付きやすい。各企業が熾烈な競争を繰り返している中で、労働組合は自社の利害に敏感となり、労働者の連帯とか、正義とかよりも、問題が起きると経営者と同じように企業内に閉じ込もりがちになる。だから、内部告発などに対しても、経営者と同一歩調を取り勝ちなのである。
そんな中、国会では絶対多数を制する安倍政権が、ついに過労死を招く危険がある「高度プロフェッショナル(以下、「高プロ」)」制度の導入を強行採決によって成立させてしまった。

この制度には、不純な制度導入の動機が指摘されている。「高プロ」制度は、いまさら言うまでもないが、日本で活動する米国企業1400社の代表が加入している団体・在日米国商工会議所(ACCJ)が、2006年に第一次安倍政権に出した意見書に端を発している。
意見書では【「働く人が忙しいときは深夜まで働ける一方、暇なときは早退することも可能だ。仕事の成果や組織への貢献度で給与を決めるので、残業しても給与は増えない。

米国では年収2万3660ドル(約270万円)以上のホワイトカラーが対象だが、日本では年収800万円以上を対象とすべきだ」と述べているが、厚労省はこの意見書に基づき今回問題になった「高プ制度」の法制化を目指したものなのだ。もちろん、日本経団連は導入に賛成している。】(2006年12月7日付日経産業新聞要約)
国会で法制化を決めてしまった今、発端はアメリカ型を目指したものと批判しても詮無いことなのだが、同制度がアメリカでどのような問題を招いているかを知った上で、具体的に実施される段階で労働組合が果たすべき役割を考える必要がある。

クリントン政権で政策の中心を担った労働長官のロバート・B・ライシュ氏は、アメリカ型労働形態は、貧富の格差が拡大する一方で、仕事と家庭を両立させることは出来ないと警告を発している。(同氏著「勝者の代償」)
【富を取るか、時間を取るか、アメリカの勝者はひたすら富を追及し続けている。それは次第に家庭とか地域とか、諸々のコミニュティーの崩壊に連なって来るようになった。
更に困った事には、貧富の差の拡大は社会福祉・教育・公共事業等に対する投資の考え方に変更を迫ってきた。富者はお金を出すのはいいけれど、それに対する相応の見返りがなければ馬鹿らしいと考えるようになった。そもそも税金とは、富める者から集めたものを貧しき者にも平等に使うと言う富の再配分の作用があるものだ。
パブリック・スクールは税金を納め(ても)貧しい人のために使われるから嫌だ。自分の子どもを私立学校に入れ、寄付金を出すのは直接自分に還元するから構わない。健康保険も貧乏人と一緒では出入りが見合わない。金持ちだけの保険を作って高度の医療を受けたい。貧乏人のための失業保険は払いたくない。年金もしかり。】 

これがアメリカのすべてではないのはもちろんであるが、日本がこうした問題をはらんだ危険水域に入りつつあるのは間違いないようだ。こうした中でアメリカ人経営者が「働く人が忙しいときは深夜まで働ける一方、暇なときは早退することも可能だ」(前出)を目指し、政府はこれを「多様な働き方ができる、働く人の選択肢が増える」制度だと述べる様は、その問題点を無視し、ひたすらアメリカ型働き方を追従する政策といえる。
一度導入してしまえば年収の制限も低くして対象者を増やそうとすることは見え透いている。現に法案の成立後、早速、導入対象者の年収1075万円には「通勤手当」も含まれるとの考えを明らかにした。通勤手当が含まれない年収が、1075万円以下でも対象になるということを早々と決めた。対象者をいかに広げるのか、なし崩しを目論む政府。次は何を理由に「年収制限」を下げるのだろうか。

【5月30日放送の報道番組『クローズアップ現代+』(NHK)に出演した東洋大学教授の竹中平蔵氏は「規制を外すのではなく、規制の仕方を変えるんです」「適用する人が1%じゃなくて、もっともっと増えていかないと日本の経済は強くなっていかない」と必要性を訴えた。】(「ビジネスジャーナル」6月2日)
尊敬を必要とする政治の世界で繰り返される理不尽さが、ついに労働の場へも及ぶことになった。多くの労働者の命を奪う過労死は後を絶たないし、データの改ざんなど有名大手企業の不祥事もつづく。増加の一途をたどる外国人労働者の受け入れについても、技能実習生制度を悪用して低賃金で酷使する状況は一向に改善の兆しが見られない。
これほどまでに退廃し、常軌を逸する経済活動が繰り返される様は過去に例を見ない。こうした時に望まれるのは、労働組合の役割である。社会正義と自社の利害の間に挟まれて悩むのはわかるものの、命を奪う過労死が起きても労働組合の声が聞こえてこないのはなぜなのか。事情を知らないからなのか、知っていても労働組合には関係ないと割り切っているからなのか。企業別労働組合だから「会社の利害と同一歩調」を取るのはやむを得ないと考えてしまうからなのか。

もし原因が、企業別労働組合の弱点にあったとしても、組織のありようを変えることができない。そんな中で、自民党政権と同じように労働組合までが良心を失ってはならない。ましてや組合員を過労死に追い込むようなことを起こしてはならないのだ。

企業別組織の弱点を克服し、労働組合が職場の実情を十分に把握し、経営者に改善を求めていくしか解決の道はない。
今まさに、労働組合の社会的責任と社会的正義とはなんなのかが問われているのである。