鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

「格差社会の象徴・非正規社員制度」 ~労働組合の存在が問われている~
2018/08/21
 格差社会から階級社会に転落したといわれる日本社会の象徴は、非正規従業員制度にある。
非正規社員制度は、いつ頃誕生したのか。
 
 労働政策研究・研修機構統括研究員の濱口桂一郎氏によれば、【(昔は)「臨時工」と派遣・請負労働者に当たる「社外工」を併せて広義の「臨時工」と呼ぶことが普通であった。日本で臨時工が初めて問題となったのは戦前の1930年代である。(中略)
戦後臨時工問題が復活したきっかけは朝鮮戦争による特需への対応であった。1950年代には,大企業は優秀な新規中卒者を少人数採用し,企業内養成施設で教育訓練を施し,基幹工として優遇していくという仕組みを再構築した。当然養成工だけで労働需要をまかなえないので,大企業は大量の臨時工を採用するようになった。本工だけからなる企業別組合は,自分たちのメンバーシップを確保するためのバッファーとしてこれを容認する一方,臨時工の本工化を求める運動も進めた。(中略)
1950年代後半以降,高度経済成長とともに労働市場は急速に人手不足基調になり,1960 年代には新たに臨時工を採用することが困難になるだけではなく,臨時工を常用工として登用することが一般的になり,臨時工は急速に減少していった。
臨時工の急減と踵を接して高度成長期に急激に増加したのが,パートタイマーと呼ばれる主として家庭の主婦層からなる労働者層であった。パートタイム労働者という言葉は本来フルタイム労働者に対する言葉で,職場の所定労働時間よりも短い時間働く労働者という意味のはずであるが,日本では事実上,それまでの臨時工と同じ身分としてパートタイマーが位置づけられた。(中略)彼女らは,社会学的にはまず何よりも家庭の主婦であり,家庭へのメンバーシップがアイデンティティの中核をなしている。それゆえ,正規労働者に見られるような企業へのメンバーシップを求める契機が存在しない。メンバーシップを求めて与えられる正社員と,メンバーシップを求めず与えられないパートタイマーの幸福な分業体制―高度成長期型の雇用ポートフォリオがこうして完成したのである。
  
さて,パートタイマーは補助的労働者という認識が社会の全員に共有されることによって,人員整理においてパートタイマーから優先的に雇用終了することも当然とみなされることになる。これが現実化したのは,1970年代半ばの石油危機以降の雇用調整であった。企業は雇用調整助成金等を最大限活用することによって男性正社員の雇用をできる限り守ろうとする一方で,パートタイマーなど企業との結びつきの弱い人々から真っ先に整理していった。パートタイマーは企業にとって基幹的ではなく補助的な役割しかない労働者であるから,いざというときには基幹的労働者(=男性正社員)の雇用を守るためのクッション役として,真っ先に排出されるべき存在とみなされていたのである。(略)
戦前から臨時工には供給請負業者による間接雇用タイプが多く,戦後は社外工と呼ばれて注目を集めた。社外工を利用するメリットはいうまでもなく,本工より安い賃金で就労させられることと,不況時に契約解除が容易であることである。これら社外工はほとんど本工と同じ成人男性であった。】

このように、非正規社員制度は、古くにある「期間に定めのある労働者」としての臨時工制度に始まる(もっと古くは江戸時代の「口入れ屋」か)。実際には日雇い、臨時工、季節労働者、期間社員、アルバイト、嘱託、パート社員、契約社員などさまざまである。さらに、臨時労働者でも、期間の定めのない者もいれば、契約を繰り返して比較的長期の雇用を予定している者もいる。日本のように長期的雇用を前提として「期間の定めのない労働者」を多く雇用し、かつ、解雇権濫用法理が確立し立法化されている中では、雇用調整がしやすい期間雇用は企業にとって非常に魅力のある雇用制度といえるのである。

この「期間の定め」とは、契約期間が満了すれば契約が終了するということであり、企業にとって、1ヵ月、2ヵ月の契約であれば仕事が忙しいときの臨時的雇用が出来、加えて仕事がなくなれば契約期間の満了で契約を打ち切れる、雇用調整の手段に利用できる好都合な制度なのである。

かつて高度成長の初期、電機産業や自動車産業では契約期間が1ヵ月、2カ月程度の臨時工制度が導入され、2カ月おきに何回も契約が更新され実質的に長期勤続の者が多くいた。一口に言えば、企業の臨時的な需要にも利用できるし、一方では雇用調整の手段にも利用できたのである。
経験的にいえば、労働組合もまた、会社に仕事がなくなれば正規社員である組合員の雇用を守るためとして、臨時工やパートの雇用止めを主張することさえあった。見方を変えれば、組合員の雇用を守るために他者を犠牲にしてきたのである。経済の成長に伴って労働市場では売り手市場が続き、新たな就職先を比較的容易に見つけることが出来た背景があったからでもあるが。
試みに、諸外国ではどうなっているのかを見てみよう。日本では期間の定めのある労働契約の締結それ自体を制限する法律はなく、「契約の自由」の範疇として考えられているが、フランスでは、締結するには、期間雇用労働者を雇入れる明確な臨時的必要性(たとえば、長期病休、産休、育児休業の労働者の存在)がなければならない。

このように雇用期間いついては下限は決められていない。2ヵ月、1ヵ月、1週間、1日の契約も可能になっている。こうしたスポット的な需要があると同時に、このような労働を求める人々も存在するからである。しかし、短期の期間雇用は、短期間の労働需要のために利用されるばかりか、むしろ雇用調整の容易さゆえに、契約更新することで継続的な労働需要のために多用されている。企業の使い勝手がいいということは、必要なら契約更新し、必要ないなら雇用契約を解約すればいいことになる。労働者の雇用の安定を阻害する側面をもっていることになる。

このように非正規社員制度は、「賃金が安い」ことと「いつでも解雇できる」ことを目的に導入され続けて今日を迎えている。
契約社員やパート社員など非正規社員の多くは企業と1年や半年などの有期契約を結んでいるが、これら非正規社員の雇用の安定を目的に、無期転換ルールの導入し、契約が繰り返し更新され、通算5年を超えると、無期契約を申し込む権利が得られるようにした。13年4月施行の改正労働契約法で定められ、5年たった2018年4月から運用が始まった。
あたかも非正規社員の「雇用の安定」が図られるように見えたが、企業は今まで手にしてきたいつでも解雇できる「雇用の調整弁」を安易には手放さなかった。
確かにいくつかの企業においては、法律の趣旨を理解したうえで非正規社員を正規社員に転換させているが、【無期転換ルールを導入したケースで半数以上を占めたのが、無期雇用にするにしても、勤務地域や担当職務区分などが限定される、いわゆる“限定正社員”であることだ】という現状にある。
加えて、【研究機関や経営者団体の調査でも、6割前後の企業が無期転換に前向きな姿勢を示しているものの、中には無期転換逃れのための“雇い止め”が発生するケースも多発している。最も多かったのが、無期転換ルールがスタートする前に、会社・団体側から宣告される例だ。

NPO法人派遣労働ネットワークと全国ユニオンが1月下旬に開設したホットラインには、2日間で109件もの相談が寄せられたが、そのうちほぼ半数が“雇い止め”を通告されたものだったという。その通告内容も、経営悪化といった具体的な理由を挙げているケースはほとんどなく、むしろ無期転換ルールを回避するための意図がありありと見えるのが大部分ということだ。中には正社員と同様の仕事を20年も担ってきたのに、突然“雇い止め”を宣告された事務職パートタイマーのケースもある】(週刊「東洋経済」4/14号)。
企業は勤続5年を前に契約を解除する策に出ているのだ。5年を目前にして「正規社員になれたら」と将来に夢を抱いてきた人々は、その夢を無残にも壊された。その夢は甘い幻想だったと切り捨てられるのか。
 
このように「非正規社員」が苦しめられている今、労働組合が何をなすべきなのか、それが問われているのである。